朝5時。

まだ外は暗く、静かなキッチンでお弁当を作ることから一日が始まっていました。

父子家庭になったばかりの頃、私は本気でこう思っていたんです。

「母親の代わりにもならなきゃいけない。」

仕事も、家事も、育児も。

全部一人で完璧にやらなければいけない。

子どもたちに寂しい思いだけはさせたくない。

そんな思いだけで走り続けていました。

仕事が終われば急いでスーパーへ向かい、夕飯を作る。

洗い物をして、洗濯機を回して、明日の準備をする。

気づけば夜。

「今日も終わった……。」

毎日、それの繰り返しでした。

完璧な父親を目指して、一番大切なものを失っていました

毎晩、洗濯物を畳む体力も残っていませんでした。

ソファに座った瞬間、そのまま寝落ち。

でも、一番つらかったのは体ではありません。

心の余裕がなくなっていたことでした。

ある夜。

娘が学校であった出来事を楽しそうに話しかけてきました。

でも私は夕飯の片付けに追われ、

「あとにして。」

そう言ってしまったんです。

娘は「うん」とだけ返事をして、自分の部屋へ戻っていきました。

あの後ろ姿は、今でも忘れられません。

静かになったリビングで洗面所へ向かい、鏡を見たとき、そこにいたのは疲れ切った顔のおじさんでした。

眉間にはシワ。

笑顔なんてありません。

「……何やってるんだろう。」

子どもを幸せにしたくて頑張っていたはずなのに。

一番大切な笑顔を奪っていたのは、自分だったんです。

子どもに必要だったのは、完璧な父親ではありませんでした

あの日、ようやく気づきました。

子どもに必要なのは、家事を完璧にこなす父親ではありません。

少し部屋が散らかっていてもいい。

夕飯のおかずが一品少なくてもいい。

それよりも、笑って話を聞いてくれる父親のほうが、ずっと大切でした。

私が欲しかったのは、筋肉ではなく「笑うための体力」でした

では、どうすれば笑える父親になれるのか。

私がたどり着いた答えは、とてもシンプルでした。

体力です。

心と体はつながっています。

体が疲れ切っていると、心にも余裕は生まれません。

私はもともと、極真空手や筋トレを15年続けてきました。

でも、父子家庭になったばかりのあの日々は、疲れ果ててトレーニングどころではない夜ばかりでした。

だから私は、もう一度リビングの畳一畳分のスペースで体を動かし始めたんです。

腕立て伏せ。腹筋。背筋。スクワット。

疲労しきった体では、最初はほんの数回しかできません。

でも、それでよかったんです。

ムキムキになりたかったわけではありません。

モテたかったわけでもありません。

ただ一つ。

仕事と家事を終えたあとでも、子どもの話を笑顔で聞ける体力が欲しかった。

それだけでした。

一番変わったのは、体型ではなく生き方でした

筋トレの「目的」を変えてから、私の中で不思議な変化がありました。

どんなに疲れて帰ってきても、

「今日はスクワット3回だけやろう。」

そんな小さな約束を、自分と交わすようになったんです。

昨日の自分に、ほんの少しだけ勝つ。

その積み重ねが、

「今日も自分はやれた。」

そんな静かな自信に変わっていきました。

父子家庭になって、生活は大きく変わりました。

でも、一番変わったのは間違いなく私自身です。

完璧な父親には、今でもなれません

今でも、お弁当のおかずが冷凍食品ばかりの日があります。

洗濯物を畳まずに寝てしまう夜もあります。

相変わらずソファで寝落ちすることもあります。

でも、あの日、鏡の前でため息をついていた私はもういません。

休日は子どもと笑い合い、

夜は「今日も一日、お疲れさま」と自分に言えるようになりました。

50代。

父子家庭。

これからも失敗はたくさんするでしょう。

でも、それでいいと思っています。

明日も子どもと笑うために。

その時間を少しでも長く守るために。

今日も私は、畳一畳分のスペースで体を動かします。

追伸

このブログでは書ききれない父子家庭の日常や、50代から筋トレを続ける工夫、そして「続ける力」を支えている考え方は、無料ニュースレター「おしるこ父ちゃん通信(Substack)」でお届けしています。

もし今、「毎日疲れて、自分を変える気力なんてない」と感じているなら。

まずは、私の日常をのぞきに来てください。

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