50代で筋トレを続ける、本当の理由
最近、こんなことを考えるようになりました。
10年後。
子どもに「旅行へ行こう」と言われたとき、笑顔で「行こう。」と答えられるだろうか。
50代になると、体力の衰えを感じる場面が増えます。
階段で息が切れる。
疲れが翌日まで残る。
朝、体が重くて起きるのがつらい。
ぼくも同じです。
15年間、極真空手を続けています。
今も道場へ通い、体を動かしています。
それでも50代になると、若い頃とは体が違うことを実感します。
だから今は、若い頃とは違う目的で筋トレを続けています。
強くなるためではありません。
大会で勝つためでもありません。
10年後も子どもの隣を笑って歩ける父親でいたい。
そのためです。
父子家庭になってから、そんな思いはますます強くなりました。
子どもたちが大人になっても、一緒に旅行へ行きたい。
困ったときには、「大丈夫。」と言える父親でいたい。
そのためには、気持ちだけでは足りません。
やっぱり体が必要です。
今日は、15年間極真空手を続けてきたぼくが、50代になって筋トレの意味が変わったと感じたことを書きます。
派手な話ではありません。
でも、50代の父親だからこそ伝えたい、本当に大切な話です。
① 朝の体が軽くなると、一日まで変わる
50代になると、一番変わるのは筋力よりも回復力です。
朝起きた瞬間から体が重い。
昨日の疲れが残っている。
そんな日が増えてきました。
ぼくも仕事から帰れば、家事が待っています。
父子家庭なので、仕事が終わっても一日は終わりません。
洗濯をして、夕飯を作って、子どもの話を聞いて、お弁当の準備をする。
全部終わる頃には、もうクタクタです。
それでも、少しだけ体を動かしてから寝るようにしています。
不思議なもので、続けていると朝の目覚めが変わってきました。
劇的ではありません。
でも、「よし、起きよう」と自然に体が動く日が増えたんです。
この「少し」が、50代には本当に大きい。
朝に余裕があると、子どもへ「いってらっしゃい」と笑顔で言える。
慌てずに朝ごはんを食べられる。
一日の始まりが変わると、その日一日まで変わります。
筋トレは筋肉を大きくするためだけではありません。
毎日を少しだけ楽にしてくれる。
ぼくは、それが50代の筋トレの一番大きな価値だと思っています。
② 「疲れた」が口癖じゃなくなった
以前のぼくは、仕事から帰ると最初に出る言葉が決まっていました。
「疲れた……。」
口に出すつもりはなくても、自然と出てしまうんです。
子どもが話しかけてきても、「ちょっと待って。」と言ってしまうこともありました。
もちろん、本当に疲れていたんです。
でも、あるとき気づきました。
一番聞いているのは、自分自身なんですよね。
「疲れた。」
そう何度も言っていると、本当に何もしたくなくなる。
だから筋トレを続けるうちに、少しずつ考え方も変わりました。
疲れていても、腕立て伏せを10回だけやる。
スクワットを10回だけやる。
「今日はやめよう。」ではなく、「少しだけやろう。」と考えるようになったんです。
すると不思議なことに、「疲れた」と口にする回数が減りました。
疲れなくなったわけではありません。
50代ですから、疲れる日はあります。
でも、疲れに振り回されなくなった。
それだけで毎日の過ごし方が変わりました。
子どもの話を最後まで聞ける。
「散歩でも行こうか。」と自分から声をかけられる。
筋トレで一番鍛えられたのは、筋肉ではなく「気持ち」だったのかもしれません。
③ 子どもの歩く速さについていける
子どもの成長は、本当に早いです。
昨日まで手をつないで歩いていたと思ったら、気づけばぼくの前をスタスタ歩いています。
以前は、「ちょっと待って。」と言うことがありました。
息が切れたわけではありません。
でも、体が重かったんです。
50代になると、体力は少しずつ落ちていきます。
何もしなければ、そのスピードはもっと早くなるでしょう。
だからぼくは、体を動かし続けています。
筋肉を見せたいからではありません。
子どもと同じ景色を、一緒に歩きたいからです。
旅行に行ったときもそうです。
観光地を歩きながら、「少し休もう。」ではなく、「次はあっちへ行ってみよう。」と言える父親でいたい。
そのためには、毎日の積み重ねしかありません。
15年間、極真空手を続けてきて学んだことがあります。
強さは、一日で身につくものではない。
でも、一日サボることは簡単です。
だから今日も少しだけ体を動かす。
その積み重ねが、10年後も子どもの隣を笑って歩ける自分をつくると信じています。
④ 強さの意味が変わった
15年間、極真空手を続けてきました。
若い頃は、「もっと強くなりたい。」という気持ちで稽古をしていました。
組手で負けたくない。
もっと速く動きたい。
もっと強い突きや蹴りを身につけたい。
そんなことばかり考えていました。
でも50代になった今は、強さの意味が変わりました。
今ほしいのは、人に勝つ強さではありません。
自分に負けない強さです。
疲れた日でも、5分だけ体を動かす。
面倒だと思う日でも、道場へ向かう。
その積み重ねが、自分への自信になります。
空手を続けていて感じるのは、本当に強い人ほど威張りません。
声を荒らげることもありません。
静かで、落ち着いていて、どこか余裕がある。
その姿に、ぼくはずっと憧れてきました。
だから筋トレも空手も、誰かに勝つためではありません。
10年後も、自分らしく笑っていられるため。
そして、子どもに「パパがいるから大丈夫」と思ってもらえる父親でいるために、今日も体を動かしています。
⑤ 未来の自分に、自信を持てるようになった
50代になると、将来のことを考える時間が増えました。
健康のこと。
仕事のこと。
子どもたちのこと。
考え始めると、不安はいくらでも出てきます。
でも、筋トレを続けていると、不思議と不安が少し小さくなるんです。
理由は簡単です。
「今日も自分との約束を守れた。」
その積み重ねがあるから。
腕立て伏せを10回。
スクワットを20回。
空手の基本稽古を少しだけ。
どれも特別なことではありません。
でも、その小さな積み重ねが、「まだ大丈夫」という自信につながっています。
極真空手を15年続けてきて学んだことがあります。
人は、一日で強くはなれません。
でも、一日一日の積み重ねは、必ず自分を変えてくれます。
だからぼくは、今日も体を動かします。
ムキムキになりたいからではありません。
誰かに勝ちたいからでもありません。
10年後も、子どもたちと笑って過ごしたい。
旅行へ行こうと言われたら、「もちろん。」と答えられる父親でいたい。
そのために、今日という一日を積み重ねています。
まとめ
15年間、極真空手を続けてきて思うことがあります。
本当の強さは、人に勝つことではありません。
昨日の自分に負けないことです。
50代になると、若い頃のようには動けません。
疲れも残ります。
体力が落ちたと感じる日もあります。
でも、だからこそ体を動かす意味があります。
筋トレは、未来の自分への贈り物です。
今日の腕立て伏せ10回。
スクワット20回。
その積み重ねが、5年後、10年後の自分を支えてくれます。
ぼくには、大きな目標はありません。
大会で優勝したいわけでもありません。
誰かと競いたいわけでもありません。
ただ、子どもたちから「旅行へ行こう。」と言われたとき、笑顔で「行こう。」と答えられる父親でいたい。
困ったときには、「大丈夫。」と背中を押せる父親でいたい。
そのためには、心だけでは足りません。
やっぱり体が必要です。
だから今日も、仕事が終わったら少しだけ体を動かします。
5分でもいい。
10分でもいい。
続けることが、未来の自分をつくると信じているからです。
もし今、「もう50代だから」と思っているなら、大丈夫です。
何歳からでも、今日が一番若い日です。
まずはスクワットを5回。
腕立て伏せを5回。
そこから始めてみませんか。
10年後のあなたは、きっと今日の自分に感謝するはずです。
ぼくも10年後、子どもたちと笑って歩けるように。
今日も、積み上げます。
押忍
10年後も、家族の隣で笑っていたい。
そんな思いで日々を積み重ねています。
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